里山の自然を楽しむ
 
 2013年 2月12日

 松井田の氷瀑めぐり : 麻苧の滝−千ヶ滝−木馬瀬の福寿草自生地 


■ 麻苧の滝 

 立春を迎えたが一段と厳しい寒さが続き、出かけるのも億劫になってしまうが、此の時期でしか見られない氷瀑を見に出かけることにした。とはいっても奥深い渓流歩きはしたくないし、未訪で手軽に見れる滝をネットでさがし、松井田町横川にある麻苧の滝に決めた。
 高速道は使わずR17号線から本庄〜富岡〜妙義町〜松井田妙義ICのそばを通ってR18号線へ出た。目指す麻苧の滝は横川ドライブインを過ぎ碓氷峠の旧道に入ってすぐの場所にあり、迷わずに行けた。
 道路下の碓氷川沿いに10台ほど停められる駐車場があり案内板も整備された公園となっている。碓氷川に掛かる吊り橋を渡った先に滝めぐりの遊歩道があり、麻苧七滝の周辺には数多くの石仏が散在しており、銭洗い弁天や東屋、安産岩などもありました。

10:45
 碓氷峠旧道から脇道に下りて碓氷川に出た所に石碑と案内板がある。駐車場は右へ100mほど行った所に有ります。

 碓氷川に掛かる吊り橋の先に見える山は御岳や丁須の頭のようだ。

 吊り橋を渡り広河原を進むと正面に銭洗い弁天池がある。その左側へ行くと「子滝」が有り、また戻って右側の階段を登って行くと東屋の先に自行滝や安産岩、麻苧の滝、母滝などがある。

 吊り橋を渡った右側に凍結した池がある。 

10:55
 銭洗い弁天

 まずは銭洗い弁天の左側へ進んでみた。

 枯れ沢を渡った先に鉄製の階段があった。

11:00
 その先の岩場の谷間から小さな滝が流れていた
 
 これが「子滝」のようだ。

     → 「子滝」の写真集

 再び銭洗い弁天まで戻り、今度は右側の階段を登って行く。

 ベンチが置かれた広場に東屋があった。柵から川を覗いてみたが、此処からは何も見えなかった。

11:15
 その先に七福神の石像があり、その下に幅広の滝が落ちていた。

 「自行滝」のようだ。落差は6mほどか?滝壺まで下りられた。

  → 「自行滝」の写真集

11:28
 その先に岩壁と岩石に挟まれた安産岩があった。潜って通り抜ける。

 鉄製の階段を登って行くと小屋が有った。

11:34
 小屋の先に不動明王の石像があり、その奥に麻苧の滝(父滝)が見えた。

 左側に吊り橋があり、御岳コースへの登山道となる。麻苧の滝下へは橋の手前を川に下りて近づく。

 麻苧の滝(父滝とも呼ばれるようだ)。
 滝壺まで近づけるが落氷に注意。

  → 「麻苧の滝」の写真集

12:16
 麻苧の滝の手前の左斜面を登って行くと、吊り橋からの道と合流し、その先の枝沢の岩場に凍結した段瀑が見えた。

 これが「母滝」のようだ。
 右側の岩場に鎖が取り付けてあり、途中まで登りかけたが足場が凍結していたこともあり、下りる時のことも考え登るのは止めた。

  → 「母滝」の写真集

12:28
 駐車場へ戻る途中の東屋周辺の景色

■ 千ヶ滝 

 次は、R18号線を松井田町新堀まで戻り、天神トンネルを通って地方道33号線を九十九川の上流へ向かい、土塩地区の東村で九十九川上流へ向かう林道に入り、1.5kmほど進んだ所に有る千ヶ滝を見に行った。

13:35
 4〜5台停められる駐車場があった。しかし、千ヶ滝への案内は無く、川へ下りて進むのか、まだ林道の先なのか迷った。

 とりあえず川沿いの作業道に入って100mほど進んでみたが、滝らしきものも無く引き返した。

13:47
 車でさらに上流へ行ったら、道路が出合う場所に大きな案内板が立てられていた。近くには車を停める場所が無く、Uターンして千ヶ滝入口まで戻った。

13:50
 左下が千ヶ滝への入口で、この手前に車を停めるスペースが有った。

 軽自動車だと下りられそうな道だ。

13:52
 橋の先に「千ヶ滝」が見えた。

  →「千ヶ滝」の写真集
 石碑の先は「岩が崩れるため、これより先、立入禁止」の看板と柵で塞がれていた。しかし遠くから眺めるだけで帰るのでは物足らず勿体無い、と言う事で、頭上と足元の様子を窺いながら恐る恐る滝裏を一周した。幸い気温が低かったので氷柱の落下も無く無事に通り抜けられてよかった。

 

■ 木馬瀬の福寿草 

 千ヶ滝へ行く前に少し寄り道をして、上増田地区にある木馬瀬の福寿草を見に行ってみた。
 その外、上増田地区には観光名所の「ろうばいの郷」もあり見頃となっていたが、以前、一度見に来たことがあるので今回はパスした。

13:00
 小高い丘みたいな所を登って行くと頂上に祠と賽銭箱のようなものが置いてあった。周辺を見渡したがお目当ての福寿草は見当たらず、反対側の階段を下りて南面を一周してみた。 
頂上から登ってきた入口を見下ろす  
頂上の祠と賽銭箱

丘下の南面にある道路を散策

ロウバイの花が咲いていた 

少し先に別の丘への遊歩道があった

南側斜面に福寿草がたくさん見られた 

午後2時過ぎで陽が弱く
 
しぼみかかっていた
 此方の丘上にも祠が祀ってあった。
 まだ時期が少し早かったようで、見頃はもう少し先のようだった。それに思ったより規模が小さく、少々期待外れの印象でした。

※あんなか観光ガイドより抜粋
 「幕末、幕府の勘定奉行であった小栗上野介が、領国の権田村へ引き上げる途中、ここに幕府再興のための軍用金を埋めたものが黄金色の花となって地上に出てきたという言い伝えがあり、 時期になると黄金色で小山が染まる程の福寿草の自生地です。」